天皇陛下はなぜ女系ではなく男系男子でなければならないのか?※馬渕睦夫大使に学ぶ※

天皇陛下はなぜ男系男子でなければならないのか

今後、憲法改正に絡んで問題になるのは、天皇の問題です。

天皇の問題は、色々と誤解をされているし、評論家と称する人が、女系でもいいとか、いうような話ではないんです。

その人たちは、何にも、古事記を読んでいないんです。

天孫降臨は、天津神の大御心、つまり、霊魂の重要性ですよね。

それを、地上の物質世界に伝える意味があったと私は解釈しているんです。

天津神系の神様ですね。

天皇と、地の神系の女神といいますか、の婚姻によって、高天原の大御心が継承されて来たと、そういうふうに書いてあるわけですね。

曽孫にあたるわけですか、神武天皇がね。

ずーっと、そのパターンで来ているんです。

それが、日本の伝統なんです。

伝統を守るのに、色々と屁理屈をつける必要は無いわけですね。

男女平等だなんて言う必要はない。

全然、このパターンは別に、男女不平等を言っているわけじゃないんですよ。

精神と物質をいかにバランスするかという日本の昔からの知恵の表れなんです。

私は、そういうふうにも、解釈できると思うんです。

ですから、天皇は男系天皇でなければならないというのはそういう事です。

天皇というのは、ずっと高天原の精神を伝えて行く。

もっと言えば、物づくりの精神を伝えて行く人ですよ。

つまり、なぜ共産主義が間違っているのかと。

それは、物質主義だからですね。

人間の弱点をえぐり出す主義だから。

つまり、我々は、ともすると物質主義にながれていく危険があるんです。

それは、古事記をご覧になってもそうですね。

あれで、何かわけが分からないような神様が出て来られますが、私はある時、はっと思ったんです。

これは、物質主義に陥る事の危険を、警告しているんじゃないかと。

そういう観点から読んでみると、また新しい視点が出て来ますからね。

皆さんも、古事記を読んでみて頂きたいと思いますね。

イザナミ、イザナギの話も、そういう観点から読んでみると、例えば、死というものは、汚らわしい避けるべきものでは無い。

つまり、物質的に見れば、肉体が朽ち果てれば、汚いという感情を持ってしまう。

しかしそれは、物質主義の目から見るからなんです。

人間の本質というのは、変わっていないという事から見れば、見方は変わって来るはずです。

そういう事も、教えているのではないかと。

ご承知のように、イザナギが、禊をしますね。

物質主義に陥った自分を、禊したと考える事も出来るわけですね。

そういうふうに読んでいくと、古事記というのは、実に味わいが深いと思います。

大東亜戦争の大義。

まさに、物質主義の権化から、日本は阻止しなければならなかった。

そういう大義はあったんです。

ただ、一つ、注意しなければならないのは、当時の政府なり、軍部が、その大義を、どれだけ分かっていたかと。

そこはまだ、私達、日本人の問題として歴史を検証しなければならない。

外国に言われて、東京裁判史観を勉強する事ではないんですね。

日本人には、大義がある戦争だったんです。

だけれども、本当に今申し上げたような、世界が物質主義化するのを防ぐという、その大義を、どれだけ当時の政府や、軍部が理解して、体現できたかどうかというのは、また、別問題という所があるんで。

そこは、私たちも虚心坦懐に、歴史を振り返る必要があるというふうに思います。

要するに、日本というのは、どういう国なのかと。

天津神的世界と、地の神的生き方の調和を、地上に実現する事。

それが、日本国家の使命であると。

つまり、霊魂、目に見えない価値と物質。

物質というのは、損得勘定ですからね。

これは、何円なのか、という。

それらの、共存であると。

だから、どっちかにだけ走っては駄目なんですね。

精神主義だけでも駄目だし、もちろん、唯物主義だけでも駄目だと。

そこのバランスをどうするかというのが日本の生き方であり、それを絶妙に。

日本にはそのバランス感覚があったと、私はそういうふうに理解しているんですね。

では、グローバリズムにどう対応するかと。

TPPも含めて。

これはむしろ、ここまで来たら、TPP反対といってもしょうがないので、いかにTPPを換骨奪胎して、日本的な、我々に古事記の昔から伝わっている日本の根本原理、日本の国体に沿って、TPPをどう日本的に作り変えて行くかと。

グローバリズムを、どう土着化するかという事が、今差し当たっての問題になって来ていると思うんですね。

その土着化のヒントは、つまり、日本のバランス感覚を、取り戻す事ですね。

社会、経済活動にね。

日本的国民経済を再生する事というのは、そういう事です。

つまりそれは、結局は、現代の思想戦に勝利する事だと。

結局、今の思想戦とは何かというと、グローバリズム VS ナショナリズムの、戦いとも言えるんですね。

グローバリズムも、一種の思想戦なんです。

だから、その末端では、その思想の究極の所が忘れられて、やれ国際人だとか、やれ地球市民だとか、やれリベラルだとか、やれ人権だとか、やれフリーセックスだとか、そういう事ばかりが、強調されている危険がある。

だけれども、その根本を見直して、それを日本の国体に合った形に作り変えると。

それが、私のいう土着化という意味ですね。

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