幸せになる考え方と方法!幸福とは誰のもの?人の性と幸福!科学的幸福論 その1 武田邦彦

幸福とは一体なんなのか?

ある若い先生から、幸福論の論文を頂きまして、それを読んでおりましたら、その論文は非常にレベルも高く、これまでのいわゆる幸福論というのをよく踏まえて論じている、学術的な論文でありまして、その人とぜひ近いうちにいろいろとお話しとか対談をしたいと思っているんですが、

その前に、幸福とは何かなというのを自分でも考えてしまったものですから、ここにまず私がこれから1年くらいかけて幸福というものを考える、その途中にその若い優秀な先生とも議論をする、

そういう1つのきっかけとして幸福というシリーズを久しぶりに、このブログではしばらくシリーズというのをやらなかったんですけど、やり始めたいと思います。

動物の幸福とは

動物の幸福とは何かと、私は科学者なものですから、まず人間は動物ですから、どう見ても動物ですので、動物の幸福とは何かということを考えますと、これは例えばネズミなりいろんな動物がいますね。

キツネなりゾウなりライオンとか、我々に1番近いサルと、こういったものを観察しますと、いずれも幸福そうだというふうに見えます。

もちろん常に彼らは命の危険とか食料がなくなる危険というのが存在いたしますし、草食動物の場合には、肉食動物がある程度の数いれば、必ず草食動物の一部は肉食動物に食べられるという運命にあります。

これはかわいそうとか何とか言うことではなくて、かわいそうはかわいそうなんですけれども、肉食動物の数がいれば、それはどうしても草食動物が食べられる危険があるのはしょうがないわけであります。

動物は何を幸福にしているかと言いますと、普通の動物、弱い動物はエサばっかり探して一生懸命働いて、子供を産み育ててというふうに見えますので、あまり幸福を考える暇がないんじゃないかというふうに気がいたします。

鉄の鍬が出来るまでの人間の幸福

これはのちに私が、紀元前700年くらいに鉄の鍬ができるまでの人間と似てるんじゃないかという気がいたします。

そういう段階では、幸福というのは命そのものではないかというふうに思うんですね。

命が全うされれば、つまり天寿が全うされればそれは幸福である。

つまり幸福というのと天寿というのは、ほとんどイコールではないか。

動物の命は何で決まるのか?

じゃあ動物の命は何で決まるかと言うと、第1には経験数の原則。

例えばネズミとゾウを考えますと、骨も皮も筋肉もほとんど同じくできております。

それから免疫系もゾウが極めて優れているというわけじゃありません。

ただ体が小さい動物は早く死に、体の大きい動物は長く生きるんですけど、これは1つ1つの行為が、体の小さい動物は素早く動き、身体の大きな動物はゆっくり動くので、その比率で命が決まっております。

つまり生涯の時間を一定にしますと、小さい動物が有利になってしまうので、小さい動物も大きい動物も人生において同じ経験をするように設定されている。

その経験が来たら、ねずみはまだ新品の命なのに、命を落としてしまうと、死のスイッチが入ると、こういうわけですね。

哺乳動物にとって重要な事

これは第2原則は命そのものでありまして、命というのは哺乳動物の場合はすでに有性生殖動物なわけですから、結婚をするということが非常に重要で、

自分1人の命はネズミなら1年で、ゾウだったら20年で尽きてしまうんですけれども、セックスさえすれば、子供に命がつながりますので、その命は親から子、子から孫へと、1万年も続くわけですね。

したがって動物は、自分の命を投げ出して子供の命を救おうということをするわけですね。

命をかけて子孫を残す鮭

私がいつも例に挙げるのは鮭ですけど、鮭は産卵期に川を上り始め、上流で伴侶を見つけてセックスをしますね。

そしてその受精がうまく行ったら、その時点でまだ元気なオスもメスも、すぐ死んでしまいます、死のスイッチが入って。

やがてその肉が腐って川に漂い、生まれた稚魚はその親の肉を食べながら川を降りていくわけですね。

それ以外に、95%くらいそうだと言われておりますが、親がその時死なない鮭は、川を降りる途中で餓死すると。

これも連帯して寿命を守るということですね。

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