日本人と中国人・韓国人の完全な違いを暴露!中国人・韓国人との正しい付き合い方!黄文雄

日本人とはこんなに違う中国人と韓国人

日本では、尖閣問題しかり、竹島問題しかり、中国・韓国との問題は、絶える事がありません。

中国大陸におきますと、反日暴動であったり、日本企業に対する不買運動といった動きがあったり…

一方、韓国の方では、慰安婦の問題で、韓国国内だけではなく、アメリカを始めとして、世界中で、反日活動や慰安婦の強制連行の嘘を流布するといった事を繰り返しています。

中国、韓国という国に対して、怒りを増している日本の方も、多いのではないかと思います。

一体、中国、韓国というのはどういう国なのでしょうか?

中国と韓国が持つ共通点

中国と韓国には共通性があるんですよね。

要するに、日本の客観的環境から見れば、島という風土と、半島、大陸というのはやっぱり違うんですね。

そういう風土的な決定的な違いから、人間がそういう風土の中で暮らしながら、やっぱり考え方ややり方も違ってくると思うのです。

変わってきた日本人の中国・韓国に対する考え方

日本人の中国や韓国に対する考え方は、少し変わってきているように感じます。

一つ例として、尖閣問題に対して、70年代、あの時代であれば、大概、日本の進歩的文化人は、

「尖閣というのは中国の固有領土である」と。

日本の帝国主義が、中国から奪ったものであるからと言って、共同声明を出し、

「中国に返せ」

というようなね、あの時代というのは、そういう空気だったんですね。

それから40年経ってですね、随分変わって来たなぁと思うのは、私がね、街頭デモに出た際に、びっくりしたんですよ。

その、人数の多さですね。

数千人単位で集まる事もあるんです。

これには、本当にびっくりしました。

で、あの、どこまで変わったかと言いますとね、例えば、テレビをはじめですね、メディアの方で、週刊誌も新聞の方も、

「中国の領土だから返せ」

と言っている言論人というのがね、いなくなったんですよ。

そこまで変わって来たんですよ。

社会主義に対する夢の崩壊

インターネットの誕生で様々な情報を得やすくなったという事よりもね、人間の一番基本的な感覚というのはね、夢も変わって来たんじゃないかと思うんですね。

大体、90年代まではね、大体、日本の文化人というのは、案外とある程度は社会主義に対してですね、夢を抱いていたんですね、あの時代は。

多分、文化大革命が一つのきっかけで、もう一つは、ソ連と東ヨーロッパの崩壊じゃないですかね。

あれが一つのきっかけというか、大きな影響じゃないかと思うんですけど。

一言でいえば、日本人に、国家意識が目覚めて来たような気がするんですね。

日本文化と中国・韓国文化の違い

日本の文化と、中国や韓国との文化を、近いとは思いません。

文化は近くない。

むしろ逆ではないかと思っています。

具体的に言えば、中国や韓国は、どちらかと言えば、儒教的な文化圏。

一方で、日本は、日本は、どちらかと言えば、仏教的な文化圏なんですね。

それだけでも、随分、人間のものの見方とか考え方は違ってくるんですね。

日本人と中国人・韓国人の性格の違い

性格的にも、日本人と、中国人、韓国人は全く逆だと思います。

例えば、私はよく、

「日本人と中国人と韓国人の決定的な違いは何ですか?」

と聞かれるのですが、その時に答えるのが、

日本人は「誠」である。

非常に、真面目で、誠で、というようなのが日本人の性格なんですね。

中国人、韓国人は「詐欺」である。

ペテンという意味では、日本と対極的なんですね。

嘘つきなんですね。

だから、その点では、やっぱり、一番大きな違いは、そこじゃないかと思うんですよ。

で、もしですね、また別の違いはあるかと聞かれたらね、やっぱり、中華思想を持っている中国というのはね、小中華、韓国もそうだしね、やっぱり自己中心的なんですね。

たとえ相手が何を言おうと、聞く耳を持た無いんですよ。

大概、日本人がどういう話をしようと、殆ど聞かない、問答無用なんですね。

話せば分かるような国じゃないんですね。

日本人は中国人・韓国人とどう付き合えばいいのか?

だから、特に最近はね、

「日本人が中国人、韓国人のとどう付き合えばいいか」

と、よく聞かれるようになったんですね。

週刊誌とか月刊誌の方は、大体そうだけどね。

私は、基本的には、どう付き合うかという事を聞く前に、まず、付き合うか付き合わないかを決めてから、やむを得ない場合は、どう付き合うかという事を考えた方がいいのではないかと思います。

これは、決して、私の独断では無くて、昔がそうだったんですよ。

例えば、日本が、遣隋使とか遣唐使の時代。

中国と随分付き合って来たんだけどね、唐の末期になると、遣唐使を中止したでしょ。

要するに、付き合わなかった時代も長く続いたんですね。

特に日本は、江戸時代に入ると鎖国時代に入るわけですから。

山本七平の私説によると、日本文化が、日本独自の独特な文化が、一番成熟したのが江戸時代なんですね。

要するに、付き合わない場合は、付き合わない場合のいい所もあるんですね。

だからね、そういう気持ちというのは、たぶん、今の日本人なら大抵、理解できると思うんですけどね。

福沢諭吉の脱亜論

福沢諭吉が、脱亜論で、悪友との交友を謝絶せよという主張をしたんですけどね、やっぱり、あれがね、もう付き合いたくないというような気持ちだった。

付き合うか、付き合わないかという事を考えながら、決めた後で、やむを得ず付き合わなければならなかった場合に、どう付き合うべきかを、その時考えるべきではないかと思うわけです。

日本もそういう時代があったんですね、付き合わなかった時代が。

逆に、付き合わない方がよかった時代もあったと思うんですね。

脱亜論と大アジア主義

日本人の信条として、脱亜論的な発想もありますけれども、もう一方に大アジア主義という発想もあります。

やっぱりね、近代日本の方に、2つの対極的な考えがあって、脱亜論というのは、要するにアジアの国々と、あるいは諸民族と付き合わないという考えに対して、大アジア主義というのは、付き合わないんじゃなくてね、アジアの諸民族と、一緒に何かをやろうというのが大アジア主義なんですね。

だから、これは全く逆の考え方なんですね。

大アジア主義か、脱亜か、2者択一の場合はどうした方がいいかというのはね、やっぱり、日本人はずっと考えて来たんですね。

じゃあ、結果的にどうした方がいいかと、付き合った方がいいか、付き合わない方がいいか、今がまさにそれを考える時期ではないかと思うんですね。

どうするか、日本人が決断しなければならない、それを考えるいい時期ではないかと思うのです。

中国人に限らず、中国と韓国は一体、どのような国で、どういう風にすればいいかという事も、これから、考えなければならないでしょうね。

尖閣諸島の問題だとか、竹島の問題、状況は違いますけれども、現実的な力で影響を及ぼすものと、あとは、歴史認識の問題もあるとは思うのですが。

プロパガンダに負ける日本人

そういうところもあるんだけれども、やっぱりね、日本人も日本も、今のところで一番考えなければならないのは、結局プロパガンダの方、宣伝の方に、数と量で負けていると思うんですよ。

確かに日本は、歴史から見ても、国際法から見ても、どの方面から見てもですね、日本の方が正しくても、結局、宣伝の方で負ければ、どうのもならないと思うんですよね。

竹島の方もそうだし、対外的な協力も、対外的なPRの方も、日本は足りないと思うんですね。

尖閣の方は、もっとですね、中国側が強い姿勢だと思うんですけれども。

尖閣に対する台湾の立場

よく日本で誤解されているのがですね、台湾は中国と一緒に、尖閣問題をどうのこうのというような考えが多いんだけどね、実は、これが誤解だと思うんですね。

台湾には大体3つの考え方があって、例えば李登輝の考えとしては、尖閣に関して、主権は日本だと。

それで、台湾が求めるのは、漁業権というような考えもあるし、野党側、馬英九側で、また違うんですね。

ですから、台湾の考えは、中国と一緒という考えは、これは間違いだと思うんですね。

台湾内でも、3つに考えに分かれているわけですから。

中国人と台湾人の違い

台湾は、風土的にはね、海洋国家だから、そういう所もあるし、半島や大陸と、違う所も多いのではないかと思います。

例えば、同じ反日教育を、台湾もね、韓国と中国に負けないくらい、我々の小学校や中学校の頃には、反日教育を受けてきたんだけれども、国民党政権下で。

ですが、台湾でいくら反日教育を教えても、逆効果なんですね。

そこが、やっぱり台湾と中国の違いではないですかね。

台湾人の気質

台湾は、よくなんというか、誤解されているのは、台湾に住んでいるのは殆どが漢民族ではないかと、
中国人では無いかと。

ですが、事実はそうじゃなくてね。

大体、非常にね、言語と文化の複雑な多民族国家なんですね。

例えば、私の住んでいる田舎の方でも、隣り近所は、殆ど言葉が通じないんですね。

私の住んでいる所でさえ、そうなんですね。

だから、隣に家などに遊びに行ったら、同じ遊び仲間が、通訳してくれるんですね。

中国、韓国は日本が羨ましい?

日本人が、想像以上に学んできたんですよね。

一番誤解されているのが、漢字ですね。

漢字は、あたかも中国が日本に教えたとか、あるいは、韓国が日本に教えた、というような錯覚があるんですが、実際はそれはね、昔はそうだったんだけどね、近代になってからは、逆に日本から、韓国と中国の方に、逆輸出したんですよ。

大概、幕末と明治維新の頃で、新しく作った和製漢語。

要するに、当時作った漢語というのは、近代用語として、あれが無いと近代用語が出来ないほど、今でも、中国の方も、韓国の方も、使われているんですね。

例えば、今現在の、中華人民共和国の憲法の中で、使用している文字の中で、日本で作った和製漢語が、約80%くらいなんですね。

伝統的な中国の漢字、漢語というのは、実は、そんなに多くないんですよ。

中華人民共和国の、「人民」も「共和国」も、実は、日本で作った和製漢語なんですね。

そいう所は、案外と誤解が多いんですね。

そもそも、韓国がですね、中国に一番近づいてきたのは、約600数年くらい前の李朝時代からですね。

昔の高麗朝時代というのは、モンゴルの影響が強かったんですからね。

参考図書:黄文雄 日・中・台・韓の歴史の差異を巨視的にとらえる  
 
 

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