不要になった日本の弁護士!左翼運動家と化した日本弁護士連合会!法律家が倫理を語ってはならない理由!!武田邦彦

弁護士の本業を離れた異常な動き

この頃のですね、弁護士及び弁護士連合会の動きというのはですね、まぁ私から見るともう非常におかしいですね。

まぁあの弁護士の職業病というのを、このブログに出しましたけれども。

今日もどっかのテレビでですね、何か倫理問題で弁護士に依頼するっていうな事が流れておりましたけれども。

これなんかもその、弁護士のなんて言いますかね、本業離れというかそういうものを如実に示しております。

弁護士は本来、法を守る役割の一つでありまして、しかもどちらかというっといかはきっりしてますが、被告側の人権を守るわけですね。

日本弁護士連合会を代表するリベラル

日本弁護士連合会は、リベラルの方にが主役を成しておりまして、人権人権といつも言っておられますが、一番弁護士が大切にしなければならない人権は、法廷に訴えられて法廷に出た被告の無罪を獲得することですよね。

えっと日本はちょっとお知らせ的なところがまだ、江戸時代のお知らせ的なとこが残ってて、悪いことしたら白状しろというのがあるんですが、近代法っていうのは、そうじゃないんですね。

不要になった日本の弁護士

一応検事が立件をして、裁判になった場合、弁護士は全力を尽くして被告の無罪に努力すると。

で、人間社会って言うのは有罪あり無罪ありで、国によって違うんですけれども。

有罪率、つまり裁判になって刑事裁判ですね、刑事裁判になって有罪率がだいたい60%から80%、まあ50%は超える。

だから裁判に訴えられたら有罪になる可能性は高いんですけれども、その程度は60から80%が有罪で40から20%が無罪と、というのがだいたいの通り相場なわけですね。

だから、それが一応弁護士、日本の弁護士の目標値になるはずなのに、日本の裁判の刑事事件では有罪率が99.9%になるわけですよ。

これではもう、弁護士は不要だということですね。

まあ刑を少し減刑してくれるのに努力はしてくれるけれども、やっぱり人間にとっては有罪無罪っていうのが決定的に重要ですね。

この前私、田母神さんの裁判についてのコメントを田母神さんがこれられたんでやったんですが。

まあ、日本の裁判っつのは弁護士がいないのと同じなんですよね。

要するに、多少の刑はなんとかしてくれるけれども、もう田母神さんが無罪であっても無罪を勝ち得るっていうのは、まず難しいわけですね。

でその、日本弁護士連合会が人権を重要視するなら、まず本業の裁判における弁護において、有罪率を60%から80%にするというのを第一目標に掲げるべきなんです。

ところがテレビで、弁護士さんが出てくると私は常に、あなた偉そうなこと言うけど弁護士っちゅうのは裁判で被告を守る、無罪を勝ちとるのが商売なのに、

有罪率99.9%でなんでこれで反省しないんですかって言うと、必ず別のことを言います。

まあこれが、この前私が言った弁護士は職業病っていうのは、なにしろ屁理屈だけこねるけども肝心なことを答えないということなんですね。

倫理を弁護士が語る違和感

それからもう一つは、最近目立つのはですね、会社とかそういうとこの倫理委員会とかですね、倫理第三者委員会とかいうのに弁護士が入るってことなんですよ。

僕はね、これはね弁護士の弁護士としての見解で断ってほしいんですね。

法と倫理ってのは全く別の尺度なんですよ。

法を守るのが弁護士であり、倫理を守るのは弁護士じゃないんですね。

倫理っていうのは全く別の体系なんですよ、法体系とは違うんですね。

あの一般的にはこう思われているんですね、法にならい、微細な物を倫理という、とそんな事はないんですね。

倫理の方がはるかに重要なことはいくらでもあるんですね。

法と倫理は対立概念

ですから、法と倫理てのは酷ければ対立概念なんですね。

そこにですね、法律の専門家である弁護士が入ると倫理を法律的に処理しちゃうんですよ。

私はまぁ何回もそういう経験をしているんですけどね。

いや、先生自分違う弁護士の人に、これ先生違いましたこれ法じゃありませんから倫理ですからと、僕一生懸命言うわけですね。

倫理てのは倫理の考え方があるわけですね。

だから、法とはまったく違うわけですよ、法っていうのは社会的にこれはしてはいけない、あれはしてはいけないということは、我々が選挙した国会議員の投票で決まって、社会全体でそれを守ろうと約束したもの、これが法なんですね。

倫理は全然違いまして、そういう手続きをへせずに、例えば相手に聞いて相手がこれでいいというとかですね。

歴史的に風土的にこれはどうだとかを議論するわけですから、法の議論と倫理の議論って全然違うんですよ。

ですから、倫理に抵触しなくても法に抵触するってのはいくらでもあるんですね。

それは法律的にはいけないと決まっているけども、倫理的には別に問題はないなんつのは、これはいくらでもあるわけですね。

法律家が倫理を語ってはならない理由

ですから、法律家が倫理に立ち入っちゃいけないんですよ。

どうしていけないかっていうと、法律家は法はよく知ってますから、やっぱり、それに引きずられますね。

法は正しいとか間違ってるか、倫理的にいいか悪いかってのと違うんですよ、社会的な約束なんです。

ですから法はちゃんとした手続きに基づいて作り、それを裁判ていうのを通じて世の中に、世の中のある仕事をしていくってのが司法の人、つまり裁判官、検事、弁護士なんですね。

ですから、それをですねちゃんとやって欲しいと。

人権を無視する日本の司法

そういう意味では弁護士は本業に戻る。戻れと書いたんですが、まず裁判における無罪率の目標を作って日本弁護士会はそれを明らかにし、それが日本弁護士会が言っている人権が最も重要なだということを宣言し、それに近づいていくってことですね。

それから法と倫理は全く違うので、弁護士が倫理委員会とか第三者委員会とかに入っちゃダメだっていうこともちゃんと宣言して欲しいんですね。

それから、現在の日本の司法ってのは非常に人権無視の問題があるんですよ。

例えば裁判官と検事は人材を保留して裁判官が時々検事になり、検事が時々裁判官になるっていうに流通しているので、検事と裁判官はどうしても癒着しちゃうんですね、それは当然ですね、そういった制度の改革。

もしくは裁判官の出世っていうのは、例えば最高裁の事務総局とか、まぁいろんなところで握られていて中々裁判官が自由な判決ができないっていう問題とか。

そういったですね、個別の刑事事件の判決は有罪率で決まりますが、日本の司法制度全体のがですね日本人の人権を守るようにちゃんとなっているのかと、それから裁判の実態がそうなのか。

それから、裁判官の出世とか出世しないってのは本当に裁判の根本を守ろうとして決まっているのか。

それともある特定の政治団体とか権力団体とかに握られているのか。

ここら辺がですね、日本弁護士連合会が頑張るところでないかと言うふうに思うんですね。

左翼運動家と化した日本弁護士連合会

そういう点で全体としていうならば、これは私も学者として恥ずかしいんで御用学者とかいますからね。

御用弁護士・御用学者まぁそいういうもので囲まれた日本っていうのはですね、あんまり新しい発展をしないと思うんですよ。

やっぱり学者は学問に忠実に判断して、御用学者の登場を許さない。

弁護士は本業をしっかりやって、その本業がしっかりできれば他の事ちょっとやってもいいけど、有罪率が99.9%であり日本の司法の仕組みがですね、非常にこう非合理的にできているにも関わらずそこには手を付けず、

なんか左翼運動化しているような風に見える、日本弁護士会がですね、大きく変換することを望むわけです。

その意味では人格、形式お金、僕らからみてお金に執着してるなって弁護士はすごく多いんですけども、そういう感じのしない弁護士というものがですね登場してくることを非常に私は期待しております。

日本人ってのは本来きちっとした考えを持っているので、学問の分野での御用学者の追放とそれから弁護士の一人一人もしくは団体がですね。

本当に見識のある司法というものを通じて日本人の人格をきちっと守っていくと、そういう本来の仕事に戻ってもらいたいと切に希望しております。

 
 
 

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