藤井聡 植民地を受け入れ政治を失った平成という時代!戦う事を諦めた日本人!

日本が日本で無くなった平成という時代

藤井聡藤井聡

昭和から平成に変わって、なんでそんな変化が出てきてしまったのかと。

それを考えると、例えば世界的には冷戦の崩壊というのは大きかったと思いますし、国内の政策的には、消費税の導入、平成元年、非常に大きかったと思いますし。

平成10年の消費税導入でもデフレ化していく、そういう事もありますし。

少し変わった所から言うと、平成7年の阪神淡路大震災から、地震活動期になってしまった。

色んなものが、外的要因はあると思うんですけど、この要するに平成という時代はアノミーで、ニヒリズムで、クライテリオンが無くなって、国柄が無くなり、でアイデンティティも無くなって行って、っていうとにかく日本が日本で無くなって行った時代という事だと思うんですけど。

1989年という節目

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なぜそうなったのか、というのは、その色々理由、今考えられるとしたら、僕一番大きいのは、この1989年だったという事が大きいと思うんです。

これ、何の年だったかというと、1945年、これがあの、戦争が終わった年で、戦争が終わった年から44年後なんですよね。

戦争という時代から44年隔たってしまった。

これは、終戦の時に、戦争が終わった時に20歳やった人が、64歳で定年。

21歳やったら、65歳。

だから、戦前の時代というものを知っていた人たちが、実は昭和時代というのは、課長でいたり、部長でいたり、社長でいたり、係長でいたり、局長でいたり、日本の国の中枢に、こうフィリピンで戦っていたとか、空襲を受けたとか、レイテ沖で帰って来たとか、

その、戦った人というのがいたんだけど、その人が、平成元年の頃、あらかた消えてしまった時期と、ピタリと重なってしまってて。

僕は、これが一番大きな原因になっているんじゃないかなと思うんです。

独立の空気を知る人が消えて行った平成という時代

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従って、平成とは何だったかというと、独立の空気を知る人たちが消えて行った時代だと思うんですよ。

なんだかんだ言いながら、貧乏だったかもしれないし、空襲で大変だったかもしれないけれども、昭和20年の8月15日までは、独立をしていたわけですよね。

で、かつ独立をしているというのはどういう事かというと、独立の為の戦いをしていた時代であって、それは黒船の時代から、ずっと150年間、昭和20年まで150年、

独立の、自分の独立の為に。

自分の独立を守るという事は、独立をする最高の価値は何かというと、従属していると正しいと思う事が出来なくなるので、独立しているという事は、自分が正しいと思う事をする為に必要なんですよね。

という事は、道徳的に生きていく為には、独立が絶対に必要なんですよね。

従って、道徳的に生きる為に、独立していった空気、で独立を侵害するものと戦う。

即ち、独立の為の戦いを知る人たちは、昭和にいたんですよ。

ところが平成になってくると、だいたいみんな引退してしまったと。

これが、最大の問題だと思うんですね。

だから、そうなるとどうなるかというと、戦後レジームとまだ戦っていたわけでよね。

昭和時代というのは、なんだかんだ言いながら。

戦後レジームは何かっていうと、もう、日本というのを植民地にしようとした時代で、日本というものを解体しようとするのが、これがポツダム宣言ですから、

日本の完全なる軍事的な武装解除、これがポツダム宣言の条件であって。

ところが日本は、昭和の時代は、なんとかこのポツダム宣言を受け入れながらでも、面従腹背で、なんとか独立をいつかやってやるぞと。

いう事を思えていてたのは、やっぱり戦っていたやつが昭和にいて、独立をしていたからなんですよね。

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