武田邦彦 女性差別主義者のローマ法王の日本批判に騙されるな!イエスの教えを守らないローマ法王!欧州の大間違い!

イエスキリストの教えを守らない枢機卿や法王

このシリーズでは、群れというものを扱っているのですが、ここで我々が非常に気を配らなければいけないのが、ヨーロッパがですね、イエスキリストがお生まれになり、色々、人生の奥の奥をですね、色々と話されたのは大変に良かったのですが、

やっぱり人間というのは、イエスキリストのような偉い方がですね、言われた事を十分には租借できないわけですね。

今のまぁ、信じている方には大変失礼なのですが、ローマ法王なんかを見ていますとね、

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私が新約聖書を読んで、イエスキリスト様がですね、どういう事を言われているかという事の、私の理解とは遠く離れております。

多くの枢機卿とかいう人がですね、権力を争って、根競べとかをやってですね、法王を選んだり、その法王の格好もですね、イエスキリストの粗末な恰好から言えばですね、本当にこうイエス様が駄目だと言っておられるような事をやっておられる。

女性は一切なれない司教や神父、枢機卿や法王

しかも、これはキリスト教の伝統ですから仕方がないのですが、女性が殆ど一人もいないと。

という事でですね、それで女性が一人もいないそういう差別的な取り扱いをしながらですね、これはもう日本と全く違うのですが、そのキリスト教の信者の方がですね、日本の女性の扱いが変だとか、言っておられますけど、何言ってんの?って感じなんですが。

日本人はまだ、ヨーロッパ人を偉いと思っているんですね。

ですから、特に左翼の方、リベラルの方、インテリの方はですね、殆どがやっぱりヨーロッパを尊敬しております。

これは、私はそういう友達がいっぱいいてですね、ヨーロッパ、アメリカに留学なんかして学んできた人。

それから、ドイツ哲学とかイギリス文学なんかを専攻されている方を見ますとね、ヨーロッパ人を尊敬するのも分かるんですね。

自分たちの頭脳よりか、ヨーロッパ人の頭脳の方が優れているので、人間はやっぱり優れている人を尊敬するっていうのは仕方がないのですが、しかし、そのヨーロッパというのは、大きな傷があるわけですね。

それは1000年以上に及ぶキリスト教の、キリスト教というか、イエス様は全然関係が無いんですけれども、イエス様の言っている事を、間違って受け取ったヨーロッパの中世というものが、非常に圧迫的だったので。

イエス様は、全然そんな事は無いんですよ。

結構お酒も飲んで、食べ物を食べて、楽しんで人生を過ごした方なんですが、やっぱり人間は抑圧的になっちゃうんですよね。

暗い修道院に籠って、結婚もせず、暗い人生を送ったと。

そういう事がベースになって、やっぱり、イエス様のいう事があまりに素晴らしかったので、それを租借できなかったんでしょうね。

個人主義主張による世界の破壊

それで、ルネッサンスから始まった近代ヨーロッパというのが、実は個人というものを、非常に主張するんですね。

人間は個人である。

それは大きな間違いなんですね。

人間というものの存在、構造、心、脳、というものを考えますとね、このブログで言っていますように、単細胞生物から、多細胞生物になり、多細胞生物が群れを作って、多細胞生物の多細胞生物。

つまり、超生物。

ここで、超人間というのはそれなんですが、一人の人間ではないんですね、私たちは。

だから、群れというものが非常に大切であるわけです。

まぁ、今は男女と家庭というものを取り扱いますとね、もちろんこじれている、正常ではない場合の状態は別にして、やっぱり一人よりかは、愛し合っている男女、もしくは親しい男女。

それがですね、2人の方が、なんぼか楽しいんですよ。

それは家庭生活をしていても、それから旅行に行ってもですね、何をしてもやっぱり、頑張る時も、2人の方がいいんですね。

それは、私の言う事を、古いと取られるかもしれませんが、よ~く落ち着いて聞いて欲しいんですが、

家庭でもですね、役割分担とか、そういうケチな話ではないのですが、ちょっと女性の方が、

「何かあなたこういうの食べたい?私、作ってあげる」

と言ったりですね。

男性がですね、黙々と風呂を綺麗にしたりするっていう事は、いい事なんですよ、これは。

辛い仕事は、常に男性がするというのもですね、いいんですね。

もちろん、愛し合ってりゃあ、もっといいんです。

だけどもまぁ、親しければいいんですね、憎しみあっていなければ。

生物の概念に個人主義など存在しない

それから、家庭というのがよく出来ているんですね。

もちろんあの、生物ですから、巣ですね。

鳥の巣でも、なんでも動物の巣でも、巣というものが基本なんですよね。

だいたいね、個人が基本なんて、誰か馬鹿な人が言っているんですけど。

馬鹿って言うと、失礼なんですけど。

それはね、あまりに、生物というものを知らない、観念的な、頭で考えたものなんですね。

個人という存在は、人間には無いんですよ、実は。

個人主義とか、個人を大切にするなんていうのは、人間という生物の概念には、無いんですね。

まず、雄と雌なんです。

これは、2人でしょ。

それから、家庭ですね。

これは、巣ですからね。

男と女と子供、時にはばぁさん、じぃさん、たまには親戚。

例えば、狼なんかがそうですね。

狼が結婚して縄張りを出て行っても、何かの関係で、変なことが起こった場合は、その嫁いだ先の娘とか、息子とかいうのは、やっぱり家に帰って来るんですよ。

家庭とは川のようなものである

どなたか、偉い学長さんが言われたように、家庭とは川のようなものである。

そこで流れながら、成長し、そして巣立っていき、そしてまたある時は家庭に帰ってくる、川に帰ってくる、と言っておりますが、ある意味じゃやっぱりそういうものですね。

これもやっぱり、群れなんですね。

それからやっぱり、ご近所さまというかですね、近所、友人、それから会社、お付き合いの先、これみんなですね、群れなんですね。

群れというのがまたいいんですよ。

下町だったら、向こう三軒両隣、これは大切ですね。

これはね、あのインテリの、山の手でもそうなんですが、インテリの人達は、個人が大切だて頑張るもんですから、ぎくしゃくしちゃうんですよ。

いや、それは向こう三軒両隣が、にこやかにそれぞれの分を守って、群れとして生活すればいいに決まっているんですよね、そんなのは。

そして、国家ですね。

やっぱり、国というのが1つの単位になります。

大企業が儲けるだけのグローバリゼーションからの脱却

もちろん宇宙人が来れば、地球、世界、グローバルという事になるんですが、宇宙人でも来なければ、やっぱり世界というのは群れを超しちゃっているんですね。

ですから、昨今のように、グローバリゼーションというのが、単なるアメリカの大企業の儲けだけに終わってしまって、世界の人達を悲惨な目にあわせたという事も、納得出来るわけです。

宇宙人が来なければ、群れというのはですね、ペア、男女のペア、それから家族、それから友人とか、向こう三軒両隣とか、会社の人達、かけがえのない友達、仲間がいるわけですね。

そして、国ですね。

これを、この方が、個人よりか上にあるんですよ。

実は私たちはですね、私自身の喜びよりも、愛する彼女の喜びの方が嬉しい。

私自身の喜びよりも、子供の喜びの方が嬉しい。

そして、友人に幸福が訪れたり、国家が繁栄したりすると、もう無性に嬉しい。

つまり我々はですね、もうすでに、超人間なんですよ。

人間ではないんですよね。

だからよく言うように、「他人に感謝しなさい」

他人に感謝する、これが大切で、自分の幸福になる。

「人の為に献身しなさい」

身を捧げなさい、それがあなたの幸福になる。

これはどうしてかというと、我々が群れの一員だからですね。

ですから、今はですね、盛んに個人というものを強調して、これは浅はかな頭脳。

全然、生物も何も分かっていない人。

生物もイエスキリストも分かっていない人。

両方共分かっていない人が、個人主義、個人が大切だと言って、まぁ、戦争の後、日本を破壊してきましたが、もうそろそろ、本当の事に気が付いて、群れを大切にする。

男女、家庭、友人、隣近所、そして国家、それを大切にする。

自分よりか大切にする。

そういう風に、向かって行かなければいけないと思います。

 
 
 
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