水島総 百田尚樹「日本国紀」コピペ批判問題の本質!幻冬舎 見城徹・津原泰水騒動

「日本国紀」コピペ批判問題の本質

水島総水島総

日本国紀という、まぁ、60万部ぐらい売れている百田尚樹さんの本なんですけどね。

水島総水島総

これについて、色々と問い合わせや、あれありまして、こういうのを黙っているとね、私も物書きの一人ですし、百田さんも私も放送作家、

まぁ、彼は構成作家だった、私は脚本だったんですけど、そういう同じような場所から出て、メディアとか色んなところで発言する、そういうちょっと似た立場もありますんでね。

で、若い人ですから、エネルギーが凄くあって、皆さんからも好かれている人なんですけどね。

この問題について、何もちょっと言わないのはよくないという事でね、言っておきます。

まず、日本国紀というこの本自体の制作意図とか、こういう本が、本当に私は必要だったと思いますね。

分かりやすく入門編としてね、日本の今日までのあり方、今の現代の戦後の日本のあり方。

きちんとそれを見渡すような、本というのは必要だったと思います。

本当に、よくやって頂いたと思います。

制作の問題としてはね。

ただまぁ、色々、朝日新聞なんかを中心に、

5月18日 朝日新聞

色んな所で批判があって、なんか見城さんですか、幻冬舎の社長、見城さんという人が、まぁツイッターを投じました。

画像出典:Twitter

水島総水島総

その中でまぁ特に朝日が多いんでしょうねぇ。

他の産経とかもやっていますけれども、つまりこの部数をね、見城さんが発表したんで、それは無いだろうという事で、批判を浴びて、この本によって自分が出版できなくなったというね、そういう作家が、まぁいて。

画像出典:朝日新聞デジタル

画像出典:論壇net

画像出典:Twitter

画像出典:Togetter

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画像出典:駆け抜ける、日々

水島総水島総

その問題で、そのツイッターを閉じたというような事が報道されていました。

一番大事な事をまず言うとですね、この人が、この作家が、この問題で出版できなくなったとかね、文庫化されなくなったとかね。

それは、作家の意見ですから、それはやってもいいんですけれども、その問題ではない。

一番の問題は、つまりこの作家が、そういう事を言ったから、

日本国紀についての、例えば、引用だ、なんだとかね、Wikipediaという所から、パクっているみたいなね。

そういう形で批判していたから、自分は出版されなくなったという事を言っているみたいなんですけれども、

これに関しては、まぁ、その作家の主張ですから。

ただ、出版っていうのは、結構シビアですからね。

もちろん、気に入らないヤツと付き合わなくなるのは、はっきり言って、当たり前なんです。

私も物書きで、正論とか書いていたり、WiLLも書いていたり、色々な事を連載、やっていましたからね、分かります。

その会社とか、会社のポリシーや、ビジネス目的とか、そういう出版社は、儲けるために一応やっているわけでね。

だから、政治運動体ではありませんから、自分の気に入らない作家とかは、切る事が出来る。

もっと言うと、NHKとか、どこでもそうですけれども、例えば私は映画監督ですけれども、殆ど99%日本映画監督協会の会員の中で、私は1人や2人だと思います、保守の監督はね。

だから、そういう事を言うと、それは雇われないんですよね。

どんないい作品とか、実力があっても、これはもう、資本主義社会の現実であって、作家にとってはね、嫌な事ですし、辛い事だけど、これは甘んじて受けなきゃいけない。

でも、そこをどうするかというのが問われる問題でね。

彼は自分で辞めたんだから、別の所で出版する事を考えなければいけない。

そういう事は、ずっと昔からやられて来た。

後で、この週刊新潮のね、問題もやりますけども、その問題はそういう事だという事を、出版社というのは、凄い厳しいですよと。

テレビ局もそうですよ。

変な事をやれば、例えば私は、もうほぼ半永久的だと思います。

今の現状の地上波からは、お声はかからない。

当たり前で、それはいいんですけどね。

という事はあるという事。

そういうものを引き受けながら、どうやるかという事を考えていかなければいけないという事であります。

それと、日本国紀の中で問題だというのは、私はこの問題の本質はどこだというとですね、まずはWikipediaや色んな所で、百田さんの話によれば、膨大な数のあれを積み上げて、そこから引用して、その僅かな部分がね、Wikipediaからも引用したと。

まぁ、いうような事で、それを言っているんだけど。

一番の問題は、いつも盗作問題とかそういうのに出るのは、そういう所なんですね。

Wikipediaというのは、もちろん著作権が無い所ですから、法的には問われないけれども、そのWikipediaの文章そのものは、どこから来ているのか分からない。

そういう意味では、例えば男系男子の他の宮家がね、沢山いるという事を水間さんが言っていたけど、誰か人が勝手に使ったとか、色んな問題が起きているように、作家にとっては、自分が調べたりなんかした事については、結構大事だと思っているわけですね。

そういう意味では、私も昔ですね、今はもうなくなりましたけども、ビデオ屋に、私の演出したものが勝手にダビングされて、ズラッと並んで。

例えば、フィリピンだったですけどね。

マニラにズラッと並んでいるわけですよ。

そうするとその、やっぱり、汗かいて脚本書いて、

高清水有子高清水有子

そうですよねぇ。

「日本国紀」が末永く愛される為に

水島総水島総

したのが、私になんの挨拶もなくね、使われて、それが商売されているというのを見ると、それは無いだろというのは、やっぱりあるわけです。

高清水有子高清水有子

ありますよ、当然。

水島総水島総

我々も、はっきり言うと、音楽を使いたい、映像を使いたいと言っても、お金を払わないといけないという事で、我慢したり諦めたりする事はあるんで。

ここの問題というのは、やっぱり一番の問題は、そこの引用をした事なんで。

当人も、はっきり言うと、Wikipediaとかそういう所から取っているというのは言っているわけですね、百田さん。

それはいいんですよ。

私は敢えてまぁ、ちょっと年上で、かつまた同じような業界にいたから言いますけど、そうしたら、引用したことは、ちゃんと後ろに入れるべきである。

高清水有子高清水有子

参考文献というやつですね。

水島総水島総

参考文献という形でね。

参考文献で入れるべきです。

膨大な資料を集めたって言うなら、その資料のあれは、やっぱり言うべきです。

つまり、ここまで話題になって、6刷りになって、もう10数か所、かなり文章が変わっているわけですから、

水島総水島総

それは、この本の内容がいいという事とは別にね、それを訂正して、きちっと私はやるべきだと思います。

特に、引用したところはどこなのか。

別に、最初から知識があるわけじゃないからね、いくらでもいいんですよ。

色んな所から読んで、学んで、それからそこを引用したり、そこをかえてね、文章を書くという事は、あり得る。

歴史的な事実というのはあるわけですから、それをどういう形で書くかという事は、参考資料があるわけですから。

日本国紀という自体が、大変これは私は内容はね、いいと思いますよ。

大きな流れはね。

だからこそ、最初にみんな読む人が、結構、若い人も多い。

だったら、どこから引用して、どういう風に学んだんだと。

膨大な資料を積み上げたって言うんなら、ちゃんとそれを書いときゃいいじゃないですか。

2~3ページで済むでしょ、たぶん。

もっとあるかも分からないけど。

で、Wikipediaの所も、使った所は、どこを使ったってね、やったって全然恥ずかしい事じゃないです、これ。

歴史の事ですから。

むしろ逆に、信用が増すわけです。

6刷りまでやっているなら、そういう事をやるべきだと。

「いや、あれは歴史の問題じゃない」と言っても、

でも、間違った事を訂正しているんだろうと、どんどん。

それを、やりなさいと、私はそれを言いたい、同じ物書き仲間として。

そうなると、盗作とか、パクったとか、色んな事を言われちゃうわけです。

せっかくこれだけのきちんとしたね、こういう試みは無かったわけで。

編集者としての見城氏、著者としての百田さんには、敬意を表したいと思いますが、だからこそ、ちゃんとやってくださいと。

やるべきだよと、私はこの事を言わなければいけないと思いますね。

これはね、後の週刊新潮が、ある事無い事ね。

高清水有子高清水有子

そうですね。

皇室に関して、

水島総水島総

書いているでしょ。

高清水有子高清水有子

はい。

水島総水島総

皇室の問題。

それも、なんて言うんですか、「なんとか関係者」

高清水有子高清水有子

そう。

水島総水島総

「宮内庁関係者」

「秋篠宮の事情を知る関係者」とかね。

こんなわけのわからないものを書いている。

これも、だから本当はちゃんと出典を引用すべきだという事なんですよ。

高清水有子高清水有子

はい。

水島総水島総

こんな大事な事を書くなら。

という事と同じように、ジャーナリスト、あるいは物書きとしてね、やっぱりそれはきっちりやるべきだし。

見城さんはね、ツイッターとかそういうのは閉じちゃったけど、それはツイッターを閉じたければ閉じてもいいかも分からないけれども、閉じるべきだと私は思いません。

ちゃんと説明すべきだと思うけれども。

閉じてもいいから、その第6刷り以降の所には、ちゃんとどういう文献を使って、引用したか。

それは、みんなも勉強したいわけだから、もっと詳しくね。

そういう事は、ズラッと並べるべきだと思います。

7刷りからでもいいから。

そしてもう一つ言うけど、初版とか、2刷り、3刷りの所の人達には、3分の1でもいいし、もっと言えばタダで、これだけ訂正しましたから、配りますと。

はっきり言うとね、これだけ部数が出れば、印刷代とか、紙代なんて大した事無いんですよ。

それを、お申し入れがあればお配りしますと、最新版をね。

というような事を、やっぱり私はやるべきだと思います。

これは、ずっと残って、皆さんに読んで貰いたい本になるだろうから、しっかりやって貰いたいと。

それでなきゃ、こういう風に、例えば朝日に巣くう人達とか、それからみんなからワァーワァー言われますよと。

こんなのでやって、この本自体の存在、企画意図、これが全くね。

と思いますね。

色んな形で、その、やって、保守の全体がいい加減だとかね、やられるのはたまらんから、それはぜひやって貰いたいと、私は一応言っておきたいと思いますね。

 
 
 

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