朝日新聞はなぜ潰れない?もう間もなくダメになる!日本の繁栄を命を懸けて与えてくれた祖先に感謝すら出来ないのか?武田邦彦

世界から戦争は無くならないのか?

戦争の話をNHKなんかがずっとすると、だんだん気分が暗くなると。

なんで暗くなるかって言ったら、戦争は悪かった事だと。

戦争は悲惨な事だという事を繰り返しやるわけですね。

しかしここでは、そうじゃ実はないんだと。

人間というのは、非常に不完全な動物なので、ある程度戦争みたいな事があるのは仕方がないんですね。

夫婦喧嘩もあり、親子喧嘩もありですね。

夫婦とか親子だったら口喧嘩くらいで済む、たまには茶碗が飛んでくるくらいなんですが、国と国戦争になると、やっぱり殺し合いになるというのは、仕方がない事ではあるんですね。

次第次第に人間が、レベルが高くなれば、戦争というのも減って来ます。

それは、かつては日本の国内で豊臣秀吉だとか徳川家康だと言って戦っていたわけですから。

それから見れば、もう日本人同士が日本の国内で戦うという事が無くなったようにですね、これは人間が進歩していくわけです。

祖先が与えてくれた日本の繁栄

しかし、その殆ど最後の戦いだったこの前の戦争ではですね、日本の我々の祖先が、もの凄い頑張ってくれて、世界中を開放してくれたと。

偉大な成果を上げたわけですね。

私たち日本人もですね、そのおかげで植民地にもならず、若者は手首を切られず、女性はレイプされずに世界の先進国として日本はやって来たわけですから。

今の繁栄、美味しいものを食べられる、安全な生活が出来るというのは、まさに私たちのご先祖が命を投げ出してくれたからなんですよね。

特攻隊も含めて。

しかしそれをもう一段、これが最後なものですから、考えますとね、私は今までずっと群れというものを見て来たわけですね。

5億5000万年前に、多細胞生物が出来て、生物は細胞で出来ているわけですが。

人間はまぁ、60兆とも言い、30兆とも言うんですが、そういった多数の細胞で出来ているんですけれども、自分の体の細胞同士が、どういう仕組みで繋がっているのかという事を解答出来る人は、殆どいませんし。

接着剤はなんなんだと。

くっついているように見えるけどですね。

そういう事もよく分からないし。

それから、全部の指令が脳に集まって、脳から細胞に指令されるわけではないんで。

細胞と細胞間が、どういう話をしているか相互に。

それもよく知らないわけですね。

日本人が妄信する西洋風の個人主義

しかし、私たちは目があまりよくなくてですね、細胞をよく見れないんですよ、顕微鏡を使わないと。

従って、日常的には私たちはですね、細胞というのはなんかこう繋がっているように、自分の体ってなんか繋がっているように感じているわけですけれども、実はバラバラなんですよね。

我々の目は悪いから、人間と人間が離れているのは見えるんですよ。

どんなに集団を作って、小学生の校庭でも、集団に見えるんではなくて、あれはバラバラの個人が集まっているように見えるんですね。

この浅はかな考えって言ったらなんなんですけど、それがヨーロッパの個人主義なんですよ。

個人が単位である。

違うと僕は思うんですね。

群れが単位である。

つまり、多細胞生物が一人の個人を形成するなら、日本人という一つの群れが、一人の年限と同じように、振舞い、運命を共にしていると思っているわけですね。

まだ学問的に思っていると言ってはいけないんです。

私たちは科学者だから、きちっとした観測なり、理論なり作って行かなければいけないので。

作って行く方向がそうだと言った方が正しいと思います。

それで私は、まず群れの間の更新とかですね、そういうものを一つ一つやって行きたいと思って今やっているわけですが。

例えば、寿命がそうですね。

動物の寿命というのが、群れによって支配されるというのは、もうはっきりしていますね。

人間で言えば、相手に奉仕する、相手に献身するという事が、命を延ばす事ですし、動物においては、群れに役立たなくなったら自殺する。

例えば、閉経したメスが自殺する。

もしくは、戦いに敗れたオスが自殺する。

これはその群れに貢献出来なくなったからですね。

それからもう一個、むれというのはですね、ある時間、例えば現在における横の大きな一つの生物としてですね、群れが。

イワシの群れ、ヌーの群れというのがあると。

これは時間が現在ですね。

しかしもう一つですね、縦の群れというのがあると思うんですよ。

縦の群れっていうのが、祖先と私たち。

私たちと子孫なんですね。

これは時間の系列の縦の群れなんですね。

で、私という、武田邦彦という人間はおそらくですね、横の群れ。

つまり、日本人としての群れの一員としての生物でもあるし。

縦の群れ、つまり祖先、私、子孫と繋がる群れ。

これはですね、自分に子孫があるかどうか、よくいるんですよ「私、子供がいません」とか。

それは全然関係なんですよと。

なんで関係ないかって言ったら、私に子供がいないという言い方はですね、これは私個人が独立しているという考え方ですよ。

だから、それは間違っているわけですね。

それは、西洋風の個人主義なんですよ。

そうではないんですね。

私の所属する群れに子供がいれば、私に子供がいるのと同じなんですよ。

これは女性の寿命なんかを見てもややそういう傾向、強い傾向がありますしね。

色々なものを見ても、それはそうなんですね。

ですから、私たちは時間的には同一の時間。

例えば現在という時間において、横の群れ、つまり、日本人という群れ。

もっと狭く言えば、愛知県という群れ。

その中の一人じゃなくて、その中の一つの細胞として生きている。

それから縦の群れ。

祖先、現在、子孫という縦の群れとしても生きている。

その大きなですね、縦と横の円みたいなものですね。

図形の円ですね。

そのように生きていると思うわけです。

祖先の悪口を書くと子供の意欲は消え去る

ですから、イギリスがですね、かつてのイギリスが、私が虎之助ニュースで言ったように、かつてのイギリスが祖先の悪口を教科書に書いたら、子供たちが勉強をしなくなったと。

働く意欲を失ったと。

というのは私はそれを意味していると思うんですよ。

で、思うじゃいけなくて。

思うじゃまだ宗教的ですから。

これを少しずつですね、事実を積み重ね、多くの人からも色々な感想を頂いているので、そういうものを体系化しですね。

生命、生物というのはですね、大きな現在の群れと、それから時間的な過去と将来の群れの中での一人の人。

大きな人の中の小さな人。

その小さな人の更に小さいやつが私たちを構成している一つ一つの細胞であるという風に考えられます。

その意味で、日本の8月というものを色んな整理をしてきたのですが、私がその中から見える事はですね、やはり私たちが、祖先の偉業というものをですね、そのまま認めて。

それが、私たちなんですよ、実は。

戦争したのが悪いというのはですね、私と私の爺さんは違う人だと思っているから、そう言うんですね。

その典型的なのが朝日新聞で。

したがって、朝日新聞はもう間もなく駄目になると思うんですけど。

まぁ、そういう事だと思うんですよね。

それから、ヨーロッパ近代における個人主義というのは、ヨーロッパ中世におけるキリスト教の歪んだ社会がですね、そういうものをもたらしたという事で、これもここまでは合理的に説明がつくと思いますね。

それから、出来るだけ私もですね、細胞と細胞の連絡と同じように、人と人の連絡が、どのように科学的に形成されているか。

もしくは、私は虎ノ門サイエンスですけど、人間の魂というのは死後も残ると。

一応、今の所考えられるというお話をした事がありますが、魂がどういう形で残って、どういう風になっているのかっていうのも、少しずつ、少しずつ事実を積み重ねて明らかにして行きたいと思います。

この日本の8月というものを通じてですね、群れというものの持つ意味。

私たちが祖先を考えるという事の意味を考察してみました。

 
 
 

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